研究内容

牛伝染性リンパ腫の高精度な検査技術開発

牛伝染性リンパ腫は、近年発生数が増加している乳牛および肉牛の疾病であり、そのほとんどが牛伝染性リンパ腫ウイルス(bovine leukemia virus:BLV)の感染に起因します。この疾病は特徴的な症状が現れにくく、これまでの検査では高精度で牛伝染性リンパ腫を検出することは、簡単ではありませんでした。熊本大学ヒトレトロウイルス学共同研究センターの佐藤賢文教授、東京農業大学農学部動物科学科の小林朋子准教授、東海大学総合農学研究所の今川和彦教授、東海大学農学部動物科学科の稲永敏明講師、国立感染症研究所の斎藤益満主任研究官らの共同研究グループは、病態進行に伴いBLV感染細胞がクローン性に増えることに着目し、2021年に開発した次世代シーケンサーによるBLVの組込部位解析法「BLV-capture-seq法」を用いて、ウシの体内における感染細胞のクローナリティの動態を経時的に解析しました。

その結果、発症牛では、発症直前に急激にクローナリティが上昇することを見出しました。また、この急激なクローナリティの変動を検出するために、共同研究グループの斎藤益満主任研究官らが開発した、簡易かつ高精度にヒトT細胞白血病ウイルス感染細胞のウイルス遺伝子挿入部位を検出する技術(Rapid Amplification of the Integration Site: RAIS法)を改良し、BLV感染細胞のクローナリティを特異的に定量解析可能な検査法(BLV-RAIS法)を開発しました。

この検査法は、感染牛の血液中に存在するBLVと宿主遺伝子のつなぎ目配列をPCR法により増幅し、シーケンス解析により、BLV組込部位の多様性(=感染細胞のクローナリティ)を解析します。本検査技術により、血液検査によってわずか半日で従来法よりも高い感度と特異度により牛伝染性リンパ腫発症の有無を検査することが可能です。また、高度な機器や特殊な試薬を必要とせず、費用対効果も高いことから、牛伝染性リンパ腫発症にかかる損失の低減につながると期待されます。

牛伝染性リンパ腫ウイルスの起源と広がり

ーロッパで初報告され、世界的に流行している牛伝染性リンパ腫ウイルスは東南アジアを起源とし、品種改良に伴う牛の世界的な移動と共に世界中に拡大したことを明らかにしました。 

EBLが初めて報告されたのが1878年の当時の東プロイセン・メーメル地方(現リトアニア・クライペダ)とされており、当初は発生地域が限られていましたが、1900年代初頭にはヨーロッパ全域から発生報告が相次ぎ、その後急速に世界中へ拡大していきました。そもそも家畜牛の祖先となる牛(Bos taurus)は新石器時代(8000年前)にヨーロッパに持ち込まれたのに対し、EBLの最古の記録はわずか140年と、近代で出現・流行している疾病です。この歴史的背景から、BLVはヨーロッパの家畜牛集団において突如出現したと考えられますが、その発生源や拡散経路については、未だに詳細なことがわかっていません。

本研究では、家畜牛におけるBLVの起源と拡散経路を明らかにするために、分子進化および系統地理学的解析を行いました。

【研究成果】

感染症は野生動物を自然宿主とすることが多いと言われています。そこで本研究では、牛の野生種が生息しているアジアに土着し、家畜牛(近代家畜品種)とも近縁である”在来牛”に着目しました。

熱帯・亜熱帯地域に生息するゼブウシ(Bos indicus)およびアジアスイギュウ(Bubalus bubalis)、チベットなどの高山地域に分布するヤク(Bos grunniens)の3種のアジア在来牛はBLVに感染していることが一部地域で報告されているため、アジアを中心とした12カ国585検体のアジア在来牛3種のDNAからBLV遺伝子配列を検出・解読し、さらにデータベースに登録されているBLV遺伝子配列を用いて分子進化、系統地理学的解析を行いました。

分子疫学的解析の結果、アジアの広範囲においてBLV感染在来牛が存在することが明らかになりました。さらに系統解析から、BLVはゲノム(エンベロープ遺伝子gp51領域)の違いから大きく2つの系統に分類されることがわかり、大概的に家畜牛と在来牛の系統に大別されました。BLVの進化の初期段階でいずれかの宿主から種間伝播したことが示唆されました。

また、分子進化、系統地理学的解析をしたところ、BLVはアジアのゼブウシを起源に、1824年頃にヨーロッパの家畜牛に伝播したことが推定されました。さらに、ほぼ同時期に南米(1850年ごろ)にも伝播しており、その後1940年頃にアメリカに拡大し、1950年以降からアメリカから世界各国に広がっていることがわかりました。1900年代には、ゼブウシからヤクに感染伝播していることが示唆され、ヤクのエンベロープ遺伝子のレセプター結合部位周辺5ヶ所に非同義置換が検出されたことから、BLVは現在進行形で宿主域を拡大するような適応進化をしていると考えられます。

BLVは現在のところ、上記のウシ亜科4種にしか感染の報告はありません。しかし近年、BLVに似た遺伝子配列がコウモリのゲノムに存在していることが報告されました。生物のゲノムには、ウイルスに由来する遺伝子配列が多数存在し、レトロウイルス由来の配列は内在性レトロウイルス(Endogenous retorovirus: ERV)と呼ばれています。ERVは、古代のレトロウイルスが、生殖細胞に感染し、宿主ゲノムの一部になることで生じた「過去のウイルス感染の痕跡」です。本研究では、アジアおよび日本固有のコウモリを中心に41種のDNAを用いた結果、19種においてERVが検出されました。系統解析ではERVはBLVと系統学的に近縁関係にあることから、少なくとも2000万年前にはアジアでBLVの祖先ウイルスが流行しており、その後BLVがアジアで出現したと考えられます。

【考察・今後の展望】

本研究結果から、BLVの遺伝子配列から起源を辿ると、BLVの祖先ウイルスはアジアで流行しており、その後アジアでBLVが出現してゼブウシに感染し、1800年代に家畜牛に伝播したことで現在流行していることが明らかとなりました。1800年代前後にアジア、ヨーロッパおよび南米の間で行われていた航路での交易により、BLVがヨーロッパと南米へと持ち込まれたことが考えられます。ヨーロッパは、アジアから南米への航路の中継地として、主要な中継港が利用されていました。アジアから持ち込まれゼブウシは、ヨーロッパ内で移動する家畜牛とともに、一時的に港や検疫施設に収容されたため、そこで初めてゼブウシから家畜牛へBLVが伝播した可能性があります。実際に、インドからブラジルへ向かう途中のゼブウシがアントワープ港を経由した際に検疫施設で家畜牛と接触し、牛疫がヨーロッパで大流行したことが知られています。ヨーロッパは品種改良の中心地であるため、牛の移動と共にBLVはまず初めにヨーロッパ諸国に拡大していったと思われます。その後、第二次世界大戦後に乳の需要が増したことにより大陸間の生体牛の輸出入が活発化し、世界中へBLVが拡大していったと考えられます。

家畜が移動(輸出入)するということは、常に感染症を蔓延させるリスクになることを改めて示しました。家畜感染症の発生と拡散過程を理解する上で、非常に重要な知見となります。本研究は、BLVの世界的な拡散のメカニズムを解明するだけでなく、種間伝播や古代ウイルスなど、デルタレトロウイルスの進化に新たな知見を与えるものです。