ヨーロッパで初報告され、世界的に流行している牛伝染性リンパ腫ウイルスは東南アジアを起源とし、品種改良に伴う牛の世界的な移動と共に世界中に拡大したことを明らかにしました。
EBLが初めて報告されたのが1878年の当時の東プロイセン・メーメル地方(現リトアニア・クライペダ)とされており、当初は発生地域が限られていましたが、1900年代初頭にはヨーロッパ全域から発生報告が相次ぎ、その後急速に世界中へ拡大していきました。そもそも家畜牛の祖先となる牛(Bos taurus)は新石器時代(8000年前)にヨーロッパに持ち込まれたのに対し、EBLの最古の記録はわずか140年と、近代で出現・流行している疾病です。この歴史的背景から、BLVはヨーロッパの家畜牛集団において突如出現したと考えられますが、その発生源や拡散経路については、未だに詳細なことがわかっていません。
本研究では、家畜牛におけるBLVの起源と拡散経路を明らかにするために、分子進化および系統地理学的解析を行いました。
【研究成果】
感染症は野生動物を自然宿主とすることが多いと言われています。そこで本研究では、牛の野生種が生息しているアジアに土着し、家畜牛(近代家畜品種)とも近縁である”在来牛”に着目しました。
熱帯・亜熱帯地域に生息するゼブウシ(Bos indicus)およびアジアスイギュウ(Bubalus bubalis)、チベットなどの高山地域に分布するヤク(Bos grunniens)の3種のアジア在来牛はBLVに感染していることが一部地域で報告されているため、アジアを中心とした12カ国585検体のアジア在来牛3種のDNAからBLV遺伝子配列を検出・解読し、さらにデータベースに登録されているBLV遺伝子配列を用いて分子進化、系統地理学的解析を行いました。
分子疫学的解析の結果、アジアの広範囲においてBLV感染在来牛が存在することが明らかになりました。さらに系統解析から、BLVはゲノム(エンベロープ遺伝子gp51領域)の違いから大きく2つの系統に分類されることがわかり、大概的に家畜牛と在来牛の系統に大別されました。BLVの進化の初期段階でいずれかの宿主から種間伝播したことが示唆されました。
また、分子進化、系統地理学的解析をしたところ、BLVはアジアのゼブウシを起源に、1824年頃にヨーロッパの家畜牛に伝播したことが推定されました。さらに、ほぼ同時期に南米(1850年ごろ)にも伝播しており、その後1940年頃にアメリカに拡大し、1950年以降からアメリカから世界各国に広がっていることがわかりました。1900年代には、ゼブウシからヤクに感染伝播していることが示唆され、ヤクのエンベロープ遺伝子のレセプター結合部位周辺5ヶ所に非同義置換が検出されたことから、BLVは現在進行形で宿主域を拡大するような適応進化をしていると考えられます。
BLVは現在のところ、上記のウシ亜科4種にしか感染の報告はありません。しかし近年、BLVに似た遺伝子配列がコウモリのゲノムに存在していることが報告されました。生物のゲノムには、ウイルスに由来する遺伝子配列が多数存在し、レトロウイルス由来の配列は内在性レトロウイルス(Endogenous retorovirus: ERV)と呼ばれています。ERVは、古代のレトロウイルスが、生殖細胞に感染し、宿主ゲノムの一部になることで生じた「過去のウイルス感染の痕跡」です。本研究では、アジアおよび日本固有のコウモリを中心に41種のDNAを用いた結果、19種においてERVが検出されました。系統解析ではERVはBLVと系統学的に近縁関係にあることから、少なくとも2000万年前にはアジアでBLVの祖先ウイルスが流行しており、その後BLVがアジアで出現したと考えられます。
【考察・今後の展望】
本研究結果から、BLVの遺伝子配列から起源を辿ると、BLVの祖先ウイルスはアジアで流行しており、その後アジアでBLVが出現してゼブウシに感染し、1800年代に家畜牛に伝播したことで現在流行していることが明らかとなりました。1800年代前後にアジア、ヨーロッパおよび南米の間で行われていた航路での交易により、BLVがヨーロッパと南米へと持ち込まれたことが考えられます。ヨーロッパは、アジアから南米への航路の中継地として、主要な中継港が利用されていました。アジアから持ち込まれゼブウシは、ヨーロッパ内で移動する家畜牛とともに、一時的に港や検疫施設に収容されたため、そこで初めてゼブウシから家畜牛へBLVが伝播した可能性があります。実際に、インドからブラジルへ向かう途中のゼブウシがアントワープ港を経由した際に検疫施設で家畜牛と接触し、牛疫がヨーロッパで大流行したことが知られています。ヨーロッパは品種改良の中心地であるため、牛の移動と共にBLVはまず初めにヨーロッパ諸国に拡大していったと思われます。その後、第二次世界大戦後に乳の需要が増したことにより大陸間の生体牛の輸出入が活発化し、世界中へBLVが拡大していったと考えられます。
家畜が移動(輸出入)するということは、常に感染症を蔓延させるリスクになることを改めて示しました。家畜感染症の発生と拡散過程を理解する上で、非常に重要な知見となります。本研究は、BLVの世界的な拡散のメカニズムを解明するだけでなく、種間伝播や古代ウイルスなど、デルタレトロウイルスの進化に新たな知見を与えるものです。